循環論法

みなさんこんにちは

今回は「循環論法」についてご紹介します。

循環論法とは
論証されるべき結論を前提として用いる議論のことです。
「Aさんの言ったことは信用できる。何故ならAさんはいい人だからだよ。Aさんは言ったことが信用できるからいい人なんだよね」
これはAさんがいい人である理由を述べるために用いた信用できるという属性を導き出すはずの結論であるいい人である理由に用いているため、
結論を出すための属性と結論の理由の間で循環しています。
この例は単純だが、~だから~であるの項目が増えてくると循環が起きていることを見破ることが難しくなってきます。
また、単語単位でも循環が起きる可能性があります。
例えば広辞苑で「おにぎり」を調べると意味ににぎりめしと出てきますが、逆に「にぎりめし」で調べると意味におにぎりと出てきます。
このように定義と意味が循環することがあります。
これは別の言葉で「鶏と卵問題」と言われたりします。
鶏がいるということは卵から生まれた。→つまりその卵を産んだ鶏がいる→その鶏は卵から生まれた・・・
と循環していき結局最初は鶏がいたのか、卵がいたのかが分からなくなるという例です。
日常会話であれば私を循環しても気にする必要もないと思いますが宗教やマルチ商法の勧誘でこのような言い回しに説得力を感じてしまうと引くに引けない状況になってしまうかもしれないので特に注意しましょう。

身近な例
お金がたくさんあるといい車に乗れたりいい部屋に住めたりします。
いい部屋に住んだりいい車に乗ったりすると自分がお金持ちになったという感覚が身につくためかお金持ちになることができます。。
こういった言い回しで良いものを身につけさせようというセールストークなどが世の中ではよく使用されていますがこれも循環が生じてしまいます。
お金を持っているからいい車をに乗ることができるのかはたまたいい車に乗ってるからお金が増えてお金持ちになるのか。
こちらも十分注意して論理の破綻について考える必要があります。

対策
最後に導き出されるべき結論が同じ議論のなかで何かしらの主張を正当化するために使用されていないかを注意深く観察することが大事です。
自分の説明も相手も説明も循環が起きないようにすることができます。

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まとめ
いかがだったでしょうか。
今回は「循環論法」についてご紹介いたしました。
私もビジネスにおいてうっかり循環に陥ってしまうことがあります。
自分でも伝えたい内容が循環によって破綻していないか気をつけたいと思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。